佐賀県小城市三日月町 日蓮宗寺院〈天龍山泰平寺〉

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泰平寺の縁起
創建は天正年間
お題目宝塔石碑
当山が創建されたのは天正年間(1573〜1591)のことで、開山は日報大徳と伝えられています。
最も古い史料としては境内に「お題目宝塔石碑」があり、そこには法華経のお題目とともに、「天正十九年」の文字が刻まれています。天正19年(1591)といえば豊臣秀吉が全国を統一した時期に当たり、肥前小城の地にもようやく平和の光が射してきた頃でした。
当山はここで、修善院(三日月町久米)の末寺として栄えてきました。
もともと小城は日蓮宗信仰の盛んな土地柄で、14世紀に日祐上人の開山により鎮西総本山の松尾山光勝寺が建立されており、永享5年(1433)には「鍋冠日親」で知られる日親上人も、導師として当地に赴いています。

奉唱三千万辺宝塔
当山の境内にはまた「奉唱三千万辺宝塔」があり、ここには「元禄十四年」と刻まれています。
これは、「南無妙法蓮華経」の文字が中央に彫られた大きな題目塔で、元禄14年(1701)は徳川綱吉の治世。下に「當村題目講中」とあることから、平和な藩政時代に入り、当時の村人たちが題目講を組織して、熱心に法華経を唱えたことが窺えます。題目講とは、日蓮宗の信徒による結社のことです。
ちなみにこの年には、赤穂藩主・浅野長矩が江戸城松の廊下で吉良義央に切り付けるという、有名な事件がありました。


奉唱三千万辺宝塔
明治以降の当山の歴史を語るものに、「妙経一字一石供養塔」があります。
これは大正13年(1924)に境内の一角に建立された石塔で、その下には法華経の経文を一字ずつ写経した小石が埋められています。法華経は全部で69,384文字で書かれており、小石の数はそれと同じということになります。様々な祈願や供養を込めて一字一石の経文を埋め、その上に石塔などを建てることは、江戸時代に全国で盛んになったようです。
今日あらためて、約7万個の小石を集め一字ずつ経文を書くという大事業に、当時の檀信徒の皆様の篤い信仰心を見る思いがします。

歴代の住職
以下に、当山の歴代の住職をご案内します。

 第一世  日報大徳(天正年間開山、詳細不明)
 第二世〜四世  不明
 第五世  妙賢院日寛大徳(元禄2年遷化)
 第六世  妙賢院日禅大徳(元禄年間以降遷化)
 第七世  妙賢院日泉大徳(天明2年遷化)
 第八世  境妙院日填大徳(天保3年遷化)
 第九世  英教日浄法師 (文久2年遷化)
 第十世  智順院日通大徳(明治17年遷化)
 第十一世  淳正院日運大徳(昭和7年遷化)
 第十二世  龍恭院日得上人(昭和16年遷化)
 第十三世  龍華院日瑞上人(昭和42年遷化)
 第十四世  親法院日照上人(昭和47年遷化)
 第十五世  龍華院日憲上人(平成6年遷化)
 第十六世  龍光院日貫上人


天龍山泰平寺 〒845-0022 佐賀県小城市三日月町久米1045番地
TEL:0952-73-3131 FAX:0952-73-3912 メールはまで
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